日本も今、監視社会にまっしぐら!
携帯電話の番号くらいを知られたところで、「別に悪いことはしていないのだから無害だ」と言う人もいるかもしれません。
実際の問題として、それで被害に遭ったという人も、あなたの周りにはいないかもしれません。しかし、それでも潜在的な脅威は、誰にでも残されています。
日本は無関係でいられるのか?
実は、スノーデン氏は、以下のようにも述べています。これを聞いても、「私には無関係だ」と言える人はいるでしょうか?
日本国民の監視への協力依頼は断られました。国民の監視は違法だ、とね。でも、私たちは監視の実行をした。
日本の通信システムの次は、物的なインフラも乗っ取りに掛かった。
秘かに、プログラムを送電網やダム、病院にも…。もし日本が、アメリカの同盟国でなくなった日には、彼らは終わりだ。
スノーデン氏が日本で働いていた時、秘かに日本国内での諜報活動の協力を依頼をしたそうです。その時、日本政府は、違法を理由に断ったそうです。これは当然でしょう。
しかし、スノーデン氏は「監視の実行をした」と言っています。
恐ろしいことに、日本がアメリカの同盟国でなくなった日を見据えて、日本の通信システムとインフラをいつでも破壊できるように仕組んだと、言っているのですね。
耳を疑うような内容です。これを述べたスノーデン氏本人も、「アメリカに協力的な日本に、なぜ?」と、疑問を呈しています。
日本に仕組まれた破壊システムは、今現在、ちゃんと解除されているのでしょうか?
このように、「携帯電話の番号くらいなら構わない」という甘い考えでいたら、知らない間に、どんどん脅威を拡大されていくわけです。
マイナンバーの本当の目的は?
日本では、政府の悪口を言っても捕まりませんね。日本は、言論の自由を重んじる国だと思っている人が、多数だと思います。北朝鮮や中国に比べれば、自由そのものです。
しかし、監視の包囲網が、徐々にせまって来ていることも事実なのです。
例えば、マイナンバーです。政府は、「行政手続きが便利になりますよ」などと言って、強引に推し進めました。
でも、本当の目的は、「国民一人ひとりのお金の流れや資産を、全て把握すること」です。逃がさないよう、ムダなく効率よく、国民から税金を吸い上げることが最大の狙いでしょう。
他国にも、税や社会保障など特定の分野だけに使われる番号はあります。しかし、日本の場合、あらゆる個人情報を共通番号にして、管理しようとしているのです。それには通院歴などの個人情報まで含まれます。
今は任意であっても、将来的には、強制的に紐付けされることは目に見えています。企業はお上の指導に逆らいませんから、さまざまなサービスに、マイナンバーの登録が義務づけられていくでしょう。
そして政府が、個人情報を詳細に把握できるようになったら、次に何が起きるでしょうか?
個別に狙い撃ちをされる恐れがあります。政府に非協力的な企業や組織の幹部、政府を批判するジャーナリストなどを、見せしめとして捜査したり、脱税の容疑で捕まえることもできるのです。
「なぜ俺だけが? 他にも大勢いるだろう?」と言ったところで通用しません。今でも、追加徴税などは税務署のさじ加減一つです。情報さえつかめば、さらにピンポイントで狙い撃ちができてしまいます。
「政府が、そんなえげつないことする?」と思うかもしれません。でも、マイナンバー先進国は中国だと聞けば、さもありなん、と思うのではないでしょうか?
中国は、監視社会の最先端を行く国です。日本は、その中国の政策を手本にしているのです。
日本はどこへ向かおうとしているのでしょうか?
共謀罪の危険性
2017年7月11日には、共謀罪の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法が施行されました。
これによって、もしも犯罪組織の一員と見なされれば、実際に犯罪に着手していない段階でも、電話やメールまで捜査される可能性があります。
共謀罪には、多くの反対があったにも拘わらず施行されたわけですが、政府の言い分は「東京オリンピックに向けたテロ対策」ということです。
テロが頻発している世界情勢を見ると、確かに、必要な法律のようにも思えます。
しかし、実際にテロ集団に適用されるのならば良いですが、それが「政府に批判的な組織」にまで拡大され、意図的に捜査対象に指定されてしまう危険性は拭えていません。
スノーデン氏が、NSAの諜報活動に対して、「これは、どう考えてもテロの防止とは関係がありません」と指摘した言葉を、思い出してください。
実際に、2013年の連邦地裁で、NSAの監視によってテロを防いだケースは、1つも明らかにできていないのです。では何をしていたのかと言うと、監視の9割はテロとは関係のない経済スパイでした。
「東京オリンピックに向けたテロ対策」と言えば、誰もが納得はするでしょう。でも実際には、どれほどの人々が秘かに監視されているかも知れず、私たちには窺い知れないところで、捜査は進められるのです。
捜査対象が、あなたではないという保証はあるでしょうか?
奪われた自由は、取り戻せない
映画の中で、スノーデンを採用した教官が、以下のようなセリフを言う場面があります。
多くのアメリカ人は、自由よりも安全を望んでいる。
安全に遊びたかったら、入場料を払うのは当然だろう?
「何の代償も払わずに、安全だけを手に入れられると思うな」という意味ですね。これだけを聞けば、確かに、理に適っているように思えます。
しかし、本当にそうでしょうか?
アメリカ建国の父、ベンジャミン・フランクリンは、「自由と安全を交換する者は、両方とも手に入れられない」と述べています。
もしも自由を手放したならば、同時に、安全も手放すことになる、と喝破している名言だと思います。
安全を提供している側(国家)の考え方一つで、ルールは、いとも簡単に変更されてしまいます。その時には、反対できる自由が、すでに奪われています。
養われている子どもが、親に文句を言えないのと同じですね。「言うことを聞かなかったら、今夜の晩飯は抜きだぞ!」で、おしまいです。
一度、自由を手放してしまったら、そう簡単には取り戻せないと思った方が良いのではないでしょうか?
最初は何の脅威もないように見える
監視社会の怖いところは、何でしょうか?
それは、最初は何の脅威もないように見えるところです。むしろ、安全のために必要とさえ思えます。しかし、気付いた時には、もうそこから逃げられないように取り囲まれているのです。
映画『スノーデン』の話をしてきましたが、決して他人事ではないのだと分かります。
アメリカは、スノーデン氏の告発を契機にして、反省の流れも起きています。しかし、日本も当事国であったにも拘わらず、なぜか今、監視社会への道を歩もうとしています。
多くの日本国民が、真実に気付いていないからではないでしょうか? 映画『スノーデン』は、今の日本人こそ、見る価値のある映画だと思います。
●U-NEXTでチェック⇒ 『スノーデン』
こちらの書籍もオススメです。