霊言、霊媒、霊能者など聞くと、胡散臭いオカルト話にしか思えない人も少なくないと思います。
しかし世界を見渡すと、霊能者や宗教家ではなくても、一人の研究者として、スピリチュアルな世界を真面目に検証した人物も数多くいます。
フランスのアラン・カルデックも、その一人でした。彼は、欧米で19世紀半ばから始まった「近代スピリチュアリズム(心霊主義)」の中心人物と言えます。
アラン・カルデックの著した霊との対話を読むと、嘘や作り話とは思えない霊言が、数多く紹介されています。つい最近まで生きていた人間が数多く登場するので、とにかく話がリアルです。
「人間は死んだら、どうなるのだろう?」と思う人は、ぜひ続きをお読みください!
人間は死んでも、霊魂は不滅
スピリチュアリズムと言うと、少し難しい響きになってしまいますが、その意味するところを簡単に言えば、「人間は死んでも、霊魂は不滅だよ!」ということです。
霊魂が不滅であることの証明として、アラン・カルデック(1804~1869年)は、数多くの交霊を行っているのです。
もちろん、霊の存在は、まだ科学的には証明されてはいません。しかし、数多くの霊言を通じて、霊の存在が嘘ではないことを実証していく手段は取れます。
実際にどのようにして交霊を行ったかについては後述しますが、まずは、『天国と地獄―アラン・カルデックの「霊との対話」』の書籍から、個人的に興味深かった霊言をご紹介します。
自殺した男性の霊
1858年4月7日、公衆浴場で自殺した男性の霊言です。この男性は死後6日が経ってから、パリ霊実在主義協会のメンバーが招霊しています。
「どうして自殺をしたのですか?」との質問に対して、男性霊は以下のように答えています。
私は死んでいるのですか。いや、そんなことはない。まだ、体の中にいますから……。
私がどれほど苦しいか、あなたがたには分からないでしょう。ああ、息が詰まる! 誰か優しくとどめを刺してくれないだろうか?
苦しみから逃れようとしたのに、これではまるで拷問です。……ああ、ウジ虫が私の体を喰っているのが感じられる!
死後も続く拷問のような苦し
この人物は、家族から見放されて、誰からも愛されていないことを悲観し、喉を掻き切って自殺した50代の男性です。
死ねば楽になると思っていたのに、死後6日が経ってからも、まるで拷問を受けているかのような苦しみの中にいます。
のっけから寒気のする話で恐縮ですが、これが自殺した霊の特徴です。本人は死んだことも分からず、生きていた時以上の苦しみから、延々と逃れられずにいるのです。
人間は死んでも、霊魂は不滅なのだとすれば、これはいつ終わるかもしれない地獄に自ら墜ちていくようなものです。
自ら命を絶ってはいけない!
書籍には、さらに恐々とした内容が書かれています。不慮の事故死や病死は別にして、自ら命を絶つことだけは、どうか思い直してほしいものです。
人によっては、魂の向上のために、自ら大きな試練を選び取って生まれて来る場合もあります。しかし、自殺だけは当初の人生計画には入っていないのです。
厳しい言い方ですが、自殺は神との契約違反になります。そして死後にも苦しむのは、他ならぬ自分自身です。
これを読むと、人間は与えられた天寿を全うしないと浮かばれないことが分かります。
悪魔に取り憑かれていた僧の霊
次の霊は、1704年に死んで、それ以来、恐るべき苦しみに襲われているという僧の霊です。
この人物は僧であるのに、信仰心や使命感を持たず、この世的な地位を得たくて聖職に就いたという、欲望にまみれた破戒僧でした。
地位を得てからは、自分を批判する僧たちを次々に牢獄に送り込み、食べ物を与えず、泣き叫ぶ者たちには暴行を加えました。
僧でありながら、やっていたことは悪魔の所業です。
死後に大きな報いを受ける
しかし、この僧は死後に、大きな報いを受けています。
例えば、口いっぱいに熱く焼けた豆を詰め込まれる拷問を悪魔たちから受けているのですが、それは彼自身が生前に行っていた拷問であったのです。
この僧の霊は、自分の置かれている状況を、『私には地獄の悪魔たちしか見えません』と述べています。
質問者が、『死後、こうなるとは思わなかったのですか?』と尋ねると、以下の返答をしています。
まったく思いませんでした。死ねば何もかも終わりだと思っていたからです。
だから、生きている間に、どんなことをしてでも、あらゆる快楽を味わい尽くすのだと思っていたのです。
私は気付いていませんでしたが、地獄を治める者たちが、私に憑依していたのです。
死後に苦しんでいる霊に多い共通点
前述した自殺霊もそうですが、この僧も、「死ねば何もかも終わりだ」と思って生きていたようです。これは死後に苦しんでいる霊に多い共通点です。
人生は死んだらお終いだと考えるならば、確かに、自分の欲得のままに生きたほうが楽しいようにも思えます。悪事を働いても、バレなければ良いだけの話です。そう考える人が出て来るのも、仕方がない面はあります。
しかし、死んでも霊魂は不滅であり、この僧の霊のように、生前に行った罪を償わなければなりません。
地獄の存在なんて、人間の創作だと考えるのも自由ですが、そのような人はこの僧と同じく、「死ねば何もかも終わりだ」と思って生きているということを忘れないでください。
悪魔に憑依されていた
僧であるのに、やっていたことは悪魔の所業であったと前述しましたが、この僧は実際に地獄を治める者たち(すなわち悪魔)に憑依されていたようです。
では、この僧は運悪く、そのような者たちに取り憑かれてしまったのでしょうか?
そうではありません。これは波長導通の法則が働いた結果です。生きていた時の精神状態が、天使よりも悪魔に近かったために、自ら悪魔を呼び込んでしまったのです。
悪魔に憑依されると、価値観がまるで逆転します。だから平気な顔をして、残忍な行為ができます。
しかし、本人は悪魔に憑依されていることには気付かず、彼らに翻弄されたまま、一生を終えることになります。それは、どのように言い訳をしようとも、自ら悪魔を呼び込んでしまった自己責任なのです。
死後の苦しみは、法律の罰則よりも重い
興味深い点は、この僧は法的に罰せられる罪は犯していないことです。当時に行った数々の拷問も、生きていた時には咎められていません。
しかし、自分の欲得のために、数多くの者たちを苦しめた罪は、法律による罰則よりも重いのです。
この交霊は1862年に行われています。死んでから150年以上が経っても、この僧は生前の罪が許されず、悪魔の拷問に苦しみ続けています。
地上の罪には、刑期があります。しかし、生前に反省することなく、あの世に旅立ってからの償いになると、いつ苦しみが終わるのかも分かりません。
たった数十年の人生の快楽のために、その何倍もの時間を地獄で苦しんでいるのですから、まったく割に合いませんね。
物乞いに生まれ変わった貴族の転生
1850年、100才近い年齢の老人が亡くなりました。その老人は体が不自由だったので、物乞いをしながら天涯孤独の生活をしていました。
しかし、なぜか「マックス伯爵」という、あだ名で呼ばれていました。ボロボロの汚い服を着ていても、なぜか立ち振る舞いには貴族のような威厳があったらしいのです。
老人の転生の秘密
老人が亡くなってから、数年が経ってからのことです。老人がよく世話になっていたお城の若い娘の夢に、その老人が現れたそうです。
その時、老人は自分の転生の秘密を語りました。実は、その老人の前世は、1世紀半ほど前に、その領地を治めていた大貴族だったと言うのです。
しかし、浅はかで傲慢、かつ大変自惚れていた人物として生きました。家臣たちを家畜同様に扱い、虐待し、毎日のように博打や宴会に明け暮れていました。
過度の放蕩が祟って若くして死にましたが、豪華な葬儀が行われた一方で、涙を流して悲しむ者は誰もいなかったそうです。人々から憎まれた暴君、そのものの人生でした。
死後、逃げ場のない責め苦に苛まれる
死んだら何もかもがお終いであったのならば、それでも良かったのでしょう。しかし、死んでからも霊魂は不滅なのです。
死後には、自分が不幸にした者たちの呪いの言葉が、絶えず耳から離れませんでした。どこへ行っても逃げ場がありません。それが何年も何年も続いて、この責め苦が永遠に続くのではないかと苛まれました。
そして彼は、自分が生きていた時に使ったお金は、ただの一つも功徳を生んでいなかったことに気付きます。全てを自分の欲望にだけ、つぎ込んでいたのです。
広大な土地を統治する権力者でありながら、誰一人として救うこともなく、それどころか多くの人々を不幸にしていたのです。
物乞いとしての新たな人生計画>
老人は、前世でのカルマ(この場合は悪業)を刈り取るために、あえて物乞いとなって転生し、天涯孤独の人生を送ったのです。
本人自らの意志により、物乞いとしての新しい人生計画を立てていたというのは、転生の不思議というほかありません。
そして生まれ変わった場所は、かつて自分が治めていた領地でした。これも因果応報なのでしょう。すべて意味のあることなのです。
老人は、転生した新しい人生では、物乞いではあったものの、神を信じて正直に働きました。かつて自分の所有していた農場で、一切れのパンを貰い、かつて自分のものだった城の馬小屋に一晩でも泊めてもらうだけでも、嬉しくて仕方がなかったのだそうです。
老人の霊は、以下の言葉を残しています。
この長く辛い試練を、不平不満をひとことも言うことなく、耐える勇気を与えてくださった神に対して、心からの感謝を捧げたものです。
そして現在、苦しかった人生に対する報いを充分に受けています。
このように前世の償いを、今世で清算するという人生もあるのですね。そう考えると、私たちの人生の試練にも、あえて自分で選び取っている部分もあるのかもしれません。
次ページでは、アラン・カルデックと彼のスピリティズムについてご紹介します。